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「行」と「自由」が交差する学び舎
神奈川県鎌倉市──静寂と緑に包まれた玉縄の丘の上に、栄光学園中学校・高等学校はある。
創立は1947年。カトリックの男子校でありながら、宗教的な押しつけや排他性はない。むしろその校風は、徹底して自由である。そしてその自由は、好き勝手とは違う。「自らを律する自由」であり、精神の鍛錬と表裏一体のものである。
多くの私学が「管理」や「規律」を前面に出す中で、栄光学園の教育は異彩を放つ。朝の瞑目、授業後の中間体操、冬の乾布摩擦──。一見すると奇習にも見えるこれらの営みは、すべて「行」の精神に根ざしている。
だがそれと同時に、この学校の空気は驚くほど軽やかで自然体である。大声で笑い、理屈を語り、文化祭で暴れ、そしていつの間にか難関大学に合格していく。
2025年春、栄光学園は東京大学に55名が合格し、進学した。全国屈指の「学力」を誇る進学校でありながら、数字では測れない教育が、ここには存在している。
本稿では、進学実績と共に、この学校の文化・思想・日常を丹念にたどっていく。
丘の上の学園、山道を登る日々
栄光学園の最寄り駅はJR大船駅。駅の表口とは反対側、裏手の住宅地からさらに坂を登ると、丘の上に学校が現れる。道のりはおよそ15分、アップダウンの激しい山道であり、朝の通学は一種の鍛錬である。
この地形条件もあり、栄光の生徒は体力に恵まれている。実際、「足腰が強くなる」「山道を走って遅刻を回避する」といった証言も多い。
遅刻は厳しく指導される。3回目で担任、4回目で生徒指導部長、8回目になると校長面談──。「喝!」が飛ぶことはないが、「あなたは勉強する気がありますか?」と真正面から問われる。これが栄光流の“指導”である。
そして、生徒たちはそれに応えるように、毎朝この坂道を上り、山上の学び舎へとたどり着く。
進学実績とPFP──神奈川御三家における存在感
栄光学園は、神奈川県を代表する男子校として、長年にわたり安定した進学実績を誇ってきた。近年では聖光学院に東大合格者数で抜かれる年も出てきたが、2025年は再び「55名」という大台に乗せ、その健在ぶりを示した。
年度 | 卒業生数 | 東京大学 | 京都大学 | 一橋大学 | 東科大(旧・東工大) | 理Ⅲ |
---|---|---|---|---|---|---|
2022 | 172名 | 58名(現役35) | 9名(現役5) | 8名(現役8) | 14名(現役9) | 3名 |
2023 | 178名 | 46名(現役38) | 6名(現役3) | 9名(現役3) | 14名(現役10) | 1名 |
2024 | 183名 | 47名(現役37) | 7名(現役4) | 10名 | 6名 | 1名 |
2025 | 171名 | 55名(現役43) | 5名(現役3) | 非公表 | 非公表 | 2名 |
順位 | 学校名 | PFP | AUS |
---|---|---|---|
4位 | 聖光学院中学校・高等学校(神奈川) | 352.40 | 4035 |
11位 | 栄光学園中学校・高等学校(神奈川) | 250.88 | 2145 |
20位 | 浅野中学校・高等学校(神奈川) | 200.22 | 2613 |
PFP(偏差値と進学実績を加味した教育成果指数)においても、栄光学園は全国11位と「神奈川御三家」の中核として存在感を放っている。卒業生数に対する進学実績の比率は、全国屈指の効率性を示している。
しかも、栄光学園は私立超進学校の中では年間学費がきわめて良心的である。以下に、主な男子進学校との比較を示す。
学校名 | 所在地 | 年間学費(目安) | 備考 |
---|---|---|---|
栄光学園 | 神奈川県鎌倉市 | 約77万円 | 入学金25万円、授業料39万円、施設費・諸費用含む |
灘 | 兵庫県神戸市 | 約108万円 | 入学金30万円、授業料48万円、教育充実費・諸費用含む |
開成 | 東京都荒川区 | 約106万円 | 入学金30万円、授業料43万円、施設費・諸費用含む |
聖光学院 | 神奈川県横浜市 | 約101万円 | 入学金30万円、授業料42万円、維持費・諸費用含む |
このように、進学実績の高さに比して学費水準は控えめであり、「コスパ最強の男子進学校」といっても過言ではない。
授業は「双方向」──自由と緊張のはざまで
栄光学園の授業は、一般的な進学校とは異なる空気感がある。教員と生徒が互いに問い、考え、語り合う「双方向型」が基本である。
「はい、教科書開いて」と言われて素直に従うのではなく、生徒が突っ込む。「なんでそんな定義になるんですか?」「こっちでもいいんじゃないですか?」──その空間には、適度な緊張と知的刺激がある。
この形式は、受け身でノートを取るだけの授業に慣れた中学生には厳しく映ることもある。だが、それこそが栄光流の「鍛錬」であり、知的な筋力を育てる手法でもある。
乾布摩擦・瞑目・中間体操──行動に宿る精神
栄光学園を語るうえで欠かせないのが、一風変わった日常習慣の数々である。
冬の乾布摩擦──上半身裸で体をこする光景が、登校直後の教室で繰り広げられる。中間体操──授業と授業の合間に、上半身裸で体育館に集合し、体を動かす。そして、授業前後の「瞑目」──静かに目を閉じ、自分を見つめ直す時間が設けられる。
これらは一見すると奇習のように思えるが、すべてが「内省」と「自己統制」に通じるイエズス会教育の系譜である。校長はその精神を「やるべき時に、やるべきことを、きちんとやる」と言い表す。
「Men for Others, with Others」──奉仕と知の倫理
イエズス会が掲げる教育理念の核心にあるのは、「他者のために生きる人間」の育成である。
栄光学園においても、それは単なる標語にとどまらない。文化祭の収益はチャリティへ、ボランティア活動や被災地支援にも積極的である。授業や校内生活を通じて、「知性は自己のためだけではなく、社会のために使うもの」という感覚が自然に醸成されていく。
この思想は、単に難関大学へ進学することをゴールとしない、知の倫理を生徒たちに刻み込むものである。
卒業生に宿る「精神」──建築家、宇宙飛行士、思想家
栄光学園の卒業生には、一流大学を出て医師や研究者になる者が多い。だがその一方で、突出した個性で知られる人物も少なくない。
代表的な卒業生には、建築家の隈研吾氏、宇宙飛行士の古川聡氏、解剖学者の養老孟司氏、IAEA元事務局長の天野之弥氏などがいる。
いずれの人物も、既存の枠に収まらず、世界を舞台に活躍している点が共通している。彼らの根底には、栄光で育まれた「他者のために」という精神と、「自由な知性」が息づいている。
終わりに──数値を超えて、生き方を育む場所
栄光学園の教育を一言で表すのは難しい。東大に何人受かった──それだけでは語れない「人間形成の厚み」が、この学校にはある。
「鍛錬」と「自由」、そして「知」と「倫理」。これらを6年間で融合させ、生徒一人ひとりが、己の進む道を見出していく。
大学進学という出口のさらに先にある、生き方そのものを育てる場所──。それが、丘の上のこの学び舎・栄光学園なのである。
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